2020年東京オリンピック・パラリンピックとまちづくり-江東区の現状について-

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都市調査会研究員
西尾 基宏

(1)はじめに
2016年8月、ブラジルでリオデジャネイロオリンピック・パラリンピックが開催された。我が国はオリンピックでは水泳や体操、バドミントンなどで12個の金メダルを獲得し、パラリンピックでも合計24個のメダルを獲得するなど人々に大いなる感動をもたらした。2013年9月に2020年の東京オリンピック・パラリンピック(以下、「2020東京五輪」という。)の開催が決まって以降、着々と準備が進められている中での出来事である。
この東京は、1964年の東京五輪から50年余りが経過し、目覚ましい発展を遂げ、世界都市たる繁栄を築き上げてきた。一方で1990年代のバブル崩壊以降、失われた20年ともいわれる停滞した経済状況が続いてきたのも事実である。1964年では、当時の高度成長期の社会情勢と合わせ、人々に戦後からの復活という高揚感をもたらした。加えて、首都高速道路や環状7号線の立体交差にみられる都市内交通施設の多くは、当時の東京五輪前後に建設された、いわばレガシー(遺産)ともいえるものである。2020年は当時の状況と異なり、成熟都市である東京において、新しい価値観や社会像が提示されるべきものとなっており、我が国から世界に発信する最大の契機としての五輪を目指すべきであると考えている。
今回のリオデジャネイロ五輪では、多くの日本人メダリストが感動を与えたように、オリンピックには人々に高い精神性を感じさせるものがあるのではないだろうか。オリンピック憲章にある根本原則の冒頭には、「オリンピズムは人生哲学であり、肉体と意志と知性の資質を高めて融合させた、均衡のとれた総体としての人間を目指すものである。スポーツを文化と教育と融合させることで、オリンピズムが求めるものは、努力のうちに見出される喜び、よい手本となる教育的価値、社会的責任、普遍的・基本的・倫理的諸原則の尊重に基づいた生き方の創造である。」と提唱している。施設面などのハードとしての具体的な観光資源の創出は当然のこと、オリンピアン・パラリンピアンとの交流や教育、そして新しい文化を醸成することこそ真のレガシーに繋がっていくと思うのである。

(2)2020年に向けた施設整備の状況-江東区の現状-
当初の招致プランでは、五輪関係施設は中央区晴海の選手村を中心に、コンパクトな施設配置を目指すものとなっていた。特に江東区においては、臨海部にある有明地区、辰巳・夢の島・新木場地区、若洲・中央防波堤地区に競技会場を集中的に配置している。
まず、有明地区については、有明南と有明北の二つの地区がある。有明南地区には、東京国際展示場、通称「ビッグサイト」(図-1)があり、日常的に数多くの会議やイベントが行われており、東京における貴重な交流空間となっている。五輪時にはメインメディアセンターとなる予定である。

図-1 2020東京五輪でのビッグサイトのイメージzu1

出典:[東京都 2013]

有明北地区は、りんかい線と国道357号線、首都高湾岸線を挟んだ有明南地区の反対側に位置し、テニス競技会場となる有明テニスの森を有する。仮設競技場としては、体操や自転車競技が予定されている。現在この地区では土地区画整理事業や港湾事業が進められ、東雲運河を挟んだ対岸には豊洲市場の整備が進んでいる。また、バレーボールの会場で新規恒久施設として整備が進められている有明アリーナ(図-2)がある。

図-2 有明アリーナzu2

出典:[東京都 2015]

次に、辰巳・夢の島・新木場地区について述べる。辰巳地区は、地区の中央に首都高9号深川線と三ツ目通りが南北に縦貫し、西に建替え計画が進んでいる大規模な都営住宅と東に辰巳の森海浜公園、そして東京辰巳国際水泳場を有している。当該エリアには、競泳・飛び込み・シンクロの競技会場となるオリンピックアクアティクスセンター(図-3)が新設され、既存の水泳場では水球が行われる予定である。辰巳の水泳場といえば、国内水泳競技の代表施設であり数々のオリンピアンを輩出してきた。これら会場周辺への交通アクセスは、地下鉄有楽町線辰巳駅もしくは新木場駅から徒歩10分程度である。
主な都営バス路線は三ツ目通りを通り、公園を巡回するコミュニティバスが1時間に1本程度で運行している。新設されるオリンピックアクアティクスセンターについては、仮設の施設を含め辰巳の森海浜公園の一部を使って建設されることになる。

図-3 オリンピックアクアティクスセンターzu3

出典:[東京都 2015]

夢の島地区については、地区の中央を明治通りが南北に縦貫し、西に夢の島競技場、東に夢の島公園を有している。夢の島エリアへの交通アクセスとしては、新木場駅から徒歩数分程度である。明治通りには都営バスが通っており、地下鉄東西線東陽町駅や、JR総武線錦糸町駅と亀戸駅からの路線が存在する。公園内には夢の島熱帯植物館があり、東京スポーツ文化館BumBがある。同じくこの公園に、新規恒久施設としてアーチェリーの会場が整備される予定である(図-4)。

図-4 夢の島公園zu4

出典:[東京都 2013]

新木場は、昭和40年代後半に深川地区の木場にあった木材業者の大部分が移転してきた地区である。新木場駅を降りるとすぐ眼前に、木製の外観を有する木材会館があり、そのデザインにより独特の存在感を示している。この新木場駅は、JR京葉線・地下鉄有楽町線・りんかい線の結節点でもある。自動車交通上も、首都高湾岸線・明治通り・国道357号線が交わっており交通量が多い場所である。
次に、若洲・中央防波堤地区について述べる。若洲地区は、江東区の東南に位置し、東京ゲートブリッジが接続している。区立若洲海浜公園は、休日になるとバーベキューを楽しむ大勢の家族連れなどで賑わう。東京ゲートブリッジは、港湾法に基づく臨港道路であり、若洲から中央防波堤外側埋立地に接続している。
中央防波堤地区は、現在江東区側からは青海地区より第二航路海底トンネル、そして若洲から東京ゲートブリッジを通って接続し、大田区側からは、臨海トンネルを通って接続している。中央防波堤は内側と外側の埋立地に分かれており、その間でボート・カヌー競技場となる海の森水上競技場(図-5)が、内側埋立地の東側にある海の森では、馬術のクロスカントリー競技会場が仮設で整備される予定である。

図-5 海の森水上競技場zu5

出典:[東京都 2013]

(3)施設整備の課題への対応
江東区では、2020東京五輪に向けた現状と課題に対し、2015年6月に「江東区オリンピック・パラリンピックまちづくり基本計画」を策定している。この計画では、目指すべき都市像や江東湾岸エリアにおける3つのゾーンと目標、そして湾岸エリアの10の視点とその方針をもとにいくつかの提案を行っている。
その中で、有明北・有明南・豊洲地区では、MICE機能の強化や都市型ロープウェイの設置などを提案している。次に、辰巳・夢の島・新木場地区では、新木場駅・夢の島間の歩行者デッキの整備、競技場と公園を連携させたオリンピックパークの整備などを挙げている。若洲・中央防波堤地区では、屋外スポーツやレジャーの拠点として、交通ネットワークを図り、都心近傍で豊かな自然を感じられるパークエリアを目指すものとなっている。
区内全域の課題に対しては、区内の回遊性の向上・連携強化を図るものとして、水上交通ネットワークの強化、地下鉄8号線(豊洲~住吉間)の延伸、路線バスの充実を目指すことや、ユニバーサルデザインを特に重視したまちづくりを推進していくことなどを挙げている。なお、本文を執筆時点(2016年10月末)で2020東京五輪の新規恒久施設については、再検討がなされている状況にある。今後の動向には、十分に注視していきたい。 

(4)結びに
江東区では、2020東京五輪の開催を契機として、開発の進む臨海部と歴史・文化豊かな深川・城東地区を有する既成市街地が一体化し、さらなる発展を目指すことが重要である。
そのためには、交通上の課題、五輪関連施設整備によって生じる課題、そして文化的側面での課題という三つの課題に対応することにより実現するのではと考えている。まず、一つ目の交通上の課題では、豊洲・住吉間を結ぶ地下鉄8号線延伸が実現することにより、臨海部と既成市街地を結ぶ基幹路線となる南北交通が実現するということである。南北交通の実現により、区内移動の利便性が向上し人的交流も活発になる。そして、鉄道だけでなく、水上交通ネットワークの強化や路線バスの充実化も求められる。これら交通網は、2020東京五輪開催時とその後の観光客来訪にも対応できるものとし、人の移動がより活発になると考えられる。
次に二つ目の五輪施設整備によって生じる課題については、新設されるそれぞれの施設単体ではなく、競技場と公園を連携させたオリンピックパークの整備を行うことで優れたまちなみ形成を目指していくことが挙げられる。人々が集い楽しむことができる施設とは、ただ単にその施設の機能を利用するだけに留まらず、憩いや安らぎをもたらすものとして考えるべきである。何れも緑の多く存在する公園や緑地に隣接し、単にウォーキングをするだけでも目に映る景色やその場の空気が感じられる豊かなものとなる。
そして、三つ目の文化的側面での課題については、パラリンピックの開催が大きく影響してくると思われる。ハード面だけではない心のバリアフリーが、今求められている。例えば、障がい者アートの拠点づくりを通じ、定期的なアートイベントの開催を目指していくこと、加えて、2020東京五輪でのボランティア活動などを通じ、住民一人ひとりがその後の生活においてオリンピズムを体現していくことが挙げられる。
都市の持続可能性を考えた時に、コンパクトで高効率・省エネルギー化が求められると共に、都市基盤施設の長寿命化に対する取り組みやライフサイクルコストのバランスを考えながら維持していくことは、もはや言うまでもない。江東区では、そうした先進都市が実現し、2020東京五輪を契機として区内交通が充実し、都市の環境性能や交通利便性が高まることで、生活環境は向上し、住民相互の交流が促進され、レガシーによる文化の醸成やソーシャルインクルージョンの考え方が浸透することによりさらなる心豊かな生活が実現していることを期待するものである。